【ポイント】
o 計算機を用いて新薬の開発を効率化する新規創薬手法を開発し、米国科学雑誌に発
表しました。
o 近年急激に増加しつつあるタンパク質-化合物複合体の結晶構造を最大限活用し、
新規性の高いヒット化合物を精度良く発見します。
o 理論的な創薬により新薬開発のコストを削減することで、稀少疾患等のこれまで介
入のされなかった疾患への創薬による介入促進に繋がることが期待されます。
新薬の開発を効率化する新規 IT 創薬手法の開発
名古屋大学大学院工学研究科(研究科長・新美 智秀)計算理工学専攻応用計
算科学講座計算生物物理グループの千見寺 浄慈(ちけんじじょうじ)助教、大
学院生の奥野 達矢(おくのたつや)、加藤 鉱也(かとうこうや)らの研究グル
ープは、計算機を用いて新薬の開発を効率化する新規手法を開発しました。
新薬の開発には、膨大な数の化合物の中から薬の候補となる化合物(ヒット
化合物)を探し出すという行程が必要となりますが、この行程は莫大な資金を
要します。そこで、計算機を用いて理論的にヒット化合物を予測するバーチャ
ルスクリーニング(Virtual Screening; VS)という手法が注目されており、創
薬プロセスにおいて欠かせない技術となりつつあります。しかし、既存の VS 法
は予測精度や新規のヒット化合物を見つける能力に欠けるなど、課題が残るの
が現状です。
本研究では、近年急激に増加しつつあるタンパク質-化合物複合体の結晶構造
を最大限活用することで、新規性の高いヒット化合物を発見する新たな VS 法
(VS-APPLE)を開発しました。最も広く用いられているベンチマークテスト
セットを用いて既存の VS 法と比較したところ、VS-APPLE はトップレベルの
成績を収めました。また VS-APPLE は、昨年行われた創薬コンテスト(第 1 回
IPAB コンテスト「コンピュータで薬のタネを創る」)において、参加した 10 チ
ームの中で最も新規性の高いヒット化合物の発見に成功し、表彰をされました。
本成果は、米国科学雑誌(Journal of Chemical Information and Modeling)
オンライン版で 2015 年 6 月 9 日に公開されました。
平成 27 年 6 月 10 日
【背景】
ほとんどの薬は、標的の生体タンパク質に結合しその機能を調節することで作用を発 揮します。そのため、新薬を開発する際には、標的タンパク質に結合する化合物(薬の 候補となる化合物、ヒット化合物)を探すことが第一となります。従来この行程は、ハ イスループットスクリーニング(High-Throughput Screening; HTS)という網羅的な実 験により、数百万種の化合物の中から 1/10,000 という低い確率でヒット化合物を見つ け出す形で実現されてきましたが、この方法には莫大な資金を要することが問題視され ています。そこでより効率的にヒット化合物を発見するために、計算機を用いて理論的 にヒット化合物を予測するバーチャルスクリーニング(Virtual Screening; VS)という 手法が注目されており、創薬プロセスにおいて欠かすことの出来ない技術となりつつあ ります。
VS法には、新規性の高い(既存の薬に似ていない)ヒット化合物を見つける能力が
求められます。それは、ヒット化合物の新規性が高いことは、特許を避け新薬を創って いくことを可能にするだけでなく、ヒット化合物をさらに改良して実用的な薬にしてい く段階においても利点が大きいためです。従来のVS法は、既存の薬に似た化合物を探 す方法(リガンド法)と標的タンパク質との結合をシミュレーションする方法(ドッキ ング法)とに分類されます。しかし、リガンド法には既存薬に似た化合物を探してしま い新規性に欠くという問題があり、またドッキング法は新規性の高い化合物を見つける ことが期待される反面、予測精度や計算時間に課題が残るのが現状です。
一方で、近年のX 線結晶解析技術の目覚ましい発展により、タンパク質-化合物複合 体の構造が数多く解かれてきています。その結果、従来の「鍵と鍵穴の関係:タンパク 質とそれに結合する化合物の間には1対1の関係がある」という考え方が崩れてきてお り、むしろ「Promiscuity(ごた混ぜ):タンパク質は多様な化合物と結合する」という 考え方が自然であることが理解されてきました。
【研究成果】
今回、研究グループは、近年急激に増加しつつあるタンパク質-化合物複合体の結晶 構造を最大限活用することにより、新規性の高いヒット化合物を精度良く発見するVS 法 (Virtual Screening Algorithm using Promiscuous Protein-Ligand complExes; VS- APPLE)を新たに開発しました。この手法の特徴は、(i)Promiscuity を利用し、多様で
新規性の高いヒット化合物を発見する、(ii)リガンド法とドッキング法の中間に位置する 方法であり、精度が高く計算速度も速い、というものです。
最も広く用いられているベンチマークテストセットであるDUD(a Directory of Useful
Decoys)を用いて多数の VS 法と比較した結果、VS-APPLE はトップレベルの成績を
収め 、計算速度 も実用的で あることが 確認されま した。更に 詳細な解析 により、VS-
APPLE は新規性の高い化合物を発見し得ることも明らかとなりました。また、昨年行
われた創薬コンテスト(第1回IPABコンテスト「コンピュータで薬のタネを創る」)に おいて、参加した10グループの中でVS-APPLEは最も新規性の高いヒット化合物の発 見に成功し、表彰をされました。
【成果の意義と今後の展望】
ある疾患に対して、その治療の標的となるタンパク質(またはその類縁タンパク質) の構造を得られれば、VS-APPLE を用いて効率的にヒット化合物を発見することによ り、創薬にかかるコストを削減し、創薬研究を開始する敷居を下げることが出来ると思 われます。このことは、稀少疾患などの充分な利益を想定しにくいためにこれまで創薬 の対象となりにくかった疾患への介入を促進することに繋がると考えられます。また、
今後VS-APPLEを公開し、誰でも利用可能にすることを計画しています。
近年のX 線結晶解析技術の発展により、構造データベースに登録されるタンパク質- 化合物複合体構造の数が指数関数的に増加しており、これに伴い VS-APPLEはますま す精度良い予測をすることが可能になっていくと考えられます。また、VS-APPLEによ り発見したヒット化合物と標的タンパク質との複合体の構造を解析し、その結果をVS-
APPLEにフィードバックすることも可能となるなど、相乗効果が想定されます。
【論文情報】
題目:"VS-APPLE: a Virtual Screening Algorithm Using Promiscuous Protein-Ligand Complexes"
著者:Tatsuya Okuno; Koya Kato; Tomoki P. Terada; Masaki Sasai; George Chikenji 雑誌:Journal of Chemical Information and Modeling